番頭の居ぬまに…

今日は予報通り、いやいや、もう夜中からかなり冷え込んだ。
老犬の小型ちゃんたちには、朝から洋服を着せていたが・・・(モモだけ抵抗)


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一時預かりちゃんたちも一緒にお庭にて(11月12日14:23)
朝と打って変わって暑いくらいだった。






泊めてもらいながら文句を言うほど、埼玉の方は寒かったらしい。
ワンコだけじゃなく、老人にとっても串本はイイところだと実感したのでは
その番頭は試験のため、昨日からお留守。
そして母に電話してみると元気そうで、明日から遊びに来る予定。

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幸せだったのか… ~マロン15才永眠~

  もし先にゴン太が逝ってしまったらマロンは・・・
ゴン太への執着が異常なまでになっていたマロン。
そのゴン太が9月に亡くなり、その日のマロンはゴン太の亡骸に添い寝していたりと、
冷たくなったゴン太に意外に気付くのが意外と鈍く、最後のお別れでは執着は見られなかった。
大好きだったゴン太にも先立たれたマロンが可哀想で、特別愛情を注いでやりたいと思った。
その後もマロンは後ろ足が弱りながらも、食べることは懸命だったのに・・・ 


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マロンが泣いて寝返りを打たせたのが5時45分頃だったという。
6時半に私がマロンの様子を覗うと、もう息はなかった。
マロンが旅立ったのは6時過ぎぐらいなのか・・・
それから陽が差してくるまでの1時間ぐらいは、まだマロンの身体が温かく、
抱いてもまるでまだ眠っている様だった。

10月20日 マロン15才永眠
10月21日10時~ 潮岬霊園にて葬儀

虹の橋でゴン太が迎えに来てくれてたかな?
それにお父さんとお母さんとも・・・
マロン、ありがとう。安らかにね。  合掌




その日の朝に息子さんにお電話で訃報をお知らせしていたが、夕方にお電話をいただいた。
そして電話が終わると、私は涙が溢れ胸が締め付けられる思いだった。
「マロンは幸せでしたか?」
息子さんのその言葉も私には凄く重かったが、それが涙のワケではない。
高校生の時に飼われたマロンを、ご兄弟は預けられたことにずっと罪悪感があったということを、
まさか今も引きずられているとは思いもせず、自分は事情を知っているだけにご兄弟が気の毒で・・・



(マロンの飼い主さんへ10月22日PM 送信)

先日のお電話で、○○さんが未だ罪悪感を抱かれているとお聞きし、
そうだとも知らず私も至らなかったことに反省をしています。

マロンちゃんは8月にお誕生日を迎えてから後ろ足が弱り、
歩けなくなってきても調子に波があり、庭でも歩いていることはありました。
そしてゴン太が亡くなる頃には(9月3日)後ろ足は立ち上がることが出来ず、
移動はずり這いで、食欲は全く劣らず勢いよく食べていました。
しかし徐々に前足も弱って起き上がることも困難な時もあり、、
水が欲しい時に起き上がれずに「ン~ン~」と泣いて呼んでいました。
起こしてあげれば前足を踏ん張ってできた食事も途中で倒れていくようになり、
亡くなる数日前からは完全に支えが必要な状態でした。
身体が思う様に動かず日中に「ン~ン~」と泣いては、水か寝返りで落ち着いていました。
しかし食欲は変わらないのに、一晩数回だった夜泣きが
15日夜から翌明け方まで何度と続きました。
翌2日間は夜泣きは全くありませんでしたが(その日も2食ほぼ完食)、
18日起床後のオムツ交換の後、グッタリと呼吸に異変があって心配で
抱いていたのですが、10分程で落ちつき日中は静かに眠っていました。
しかしまたその夜から、翌日(亡くなった日)と2日連日で夜泣きがありました。
食事は18日から亡くなる前日の19日朝までおやつさえ食べず、
水も19日から欲しがらず、ミルクだと数回とも支えながら飲みました。
その夕方、缶詰なら(小型犬の適量分程は)支えながらゆっくり食べていました。
そして明け方まで夜泣きは続き、最後に寝返りをした5時45分にはまだ息がありました。
しかしながら残念なことに朝のワンちゃんのお世話でドタバタしている時間に、
マロンちゃんは虹の橋を渡ってしまいました。
6時半にまだマロンちゃんの身体は温かかったので、
おそらく6時過ぎではないかと思います。

マロンがさくらに来て幸せだったのか、私もマロンの本音を聞いてみたいです。
(耳、爪のケアは嫌いで、今年ぐらいからか怒って噛んでこようとしていたので)
入所したワンちゃんの中でマロンだけは、
寂しさや知らない場所で不安からでしょうが初日だけ一晩中泣いていました。
マロンには理由も解らず大好きだったお母さん、それにお父さんまで突然いなくなって、
きっと寂しく戸惑ったに違いなく、その状態で知らない場所に来て無理もなかったことです。
それでも徐々にこちらの生活にも慣れ、2ヶ月後にはゴン太の入所がありました。
その頃のマロンはまだゴン太にゾッコンではなく、唯一の小型犬同士で
2匹は仲良しさんになっていました。
それがいつからか全く心当たりもなく、引っ越ししてからゴン太への執着心が異常なまでになり、
もしゴン太が先に逝けばマロンはどうなるのかと心配するほどでした。
2匹はいつでも仲睦まじく、本当に微笑ましかったですよ。
大好きだったゴン太にも先に旅立たれてしまい可哀想にも思いますが、
マロンの晩年は伴侶に出逢えて幸せだったと思いますよ。
また、入所後飼い主様とは1度も面会できなかったゴン太も、
まるで先住犬のようにさくらの生活が好きだったと思います。
もしご兄弟がさくらまで足を運ばなければ、マロンとゴン太の出逢いはなかったのです。
だから結果論かもしれませんが、マロンちゃんを手放されたことに、
これっぽちも負い目を感じないでほしいのです。

マロンが誰を1番好きだったかという結論は、誰にも出せないものだと思います。
もしご両親のお墓にマロンちゃんも一緒に納骨されても、、
それでもマロンは怒ったりはしないと思いますよ。
ワンちゃんはどれだけ大好きな友達ができても、
可愛がってもらったご家族を決して忘れることなんてありませんから。
マロンちゃんのお骨については、○○さんのご要望を優先させていただきたいと
思います。
長々となってしまいましたが、慌てずじっくりお考えいただければと思います。

マロンちゃんの最近のお写真だけ添付しております。
(写真を保管しているUSBが認識しないため復活したらまた送信いたします)






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1年前は元気だった(2016年11月13日)
ゴン太が走ればマロンも 





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妊婦の時に病院へ連れて行ったことも(2016年7月12日)







(飼い主様より10月23日PM着信)

わざわざメールありがとうございます。気を使わしてしまって申し訳ないです。マロンは幸せだったのかその答えはマロンにしかわからないですよね。さくらさんを見つけて連絡もせずに会いに行った時に千鶴さんの僕たちの対応や周りの環境を見て僕と弟はこの人ならここなら大丈夫!と感じたのを今でも思い出します。高校生から一緒に過ごしたマロン大好きな母や父が亡くなるのを一番近くでどうすることもできずただ見ていることしかできないマロンの事を思うと僕なんかよりずっと悔しくて辛かったと思います。そんなマロンすらどうする事もしてやれなくて飼ってあげる事もできなくてどうしても罪悪感が残ってしまいます。そんななか千鶴さんと出会う事が出来てとても感謝してます。千鶴さんにマロンを預けた事一切後悔はしてませんし感謝しかありません。嫉妬心が凄くて中々大変だったとおもいますがそんなマロンを優しく迎えてくれてありがとうございます。ゴン太との楽しそうなお話が聞けて少しだけ救われます。今頃父と母に会って喜んでいたらうれしいなぁって勝手に想像してます。きっとそうだろうと。心配かけてしまって申し訳ないです。最後までマロンを優しくお世話していただいてありがとうございます。お骨の事はまた気持ちが決まったら連絡さしていただきます。寒くなってきたのでお体に気をつけてください。子育ても大変でしょうけど頑張ってくださいね。本当にありがとうございました。





マロンはウチに来て幸せだったのか、聞けるものなら本当にマロンにを聞いてみたい。
ただ言えるのは、マロンは伴侶に出逢えた事実。
それと、ウチへ来てワンちゃんが不幸になるのなら、お金を頂いてまで生涯預かりの仕事はしていない。

(以下は残っている写真をアップ)


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まだマロンも散歩に行けた頃(2017年5月12日)
チェリーは別の時もあったが、本当はゴン太と2匹だけで行きたかったかも。




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外でもいつもゴン太の側だった(6月2日17:47)
見慣れないワンちゃんが近づくと、マロンは怒ることも。










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でもウチの娘にはマロンも怒らなかった(6月13日14:57)





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いつも一緒(6月18日17:34)






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クーのストーキングにマロンはよく怒っていた。
(7月5日)












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暑い日は、デッキの下で涼むゴン太とマロンは一緒だった。
(7月7日)











(8月の誕生日前後の画像は故障のUSBに保管)
誕生日が過ぎた頃から歩けないことがあり、散歩へは出るのを辞めた。
そしてゴン太が亡くなって以降、調子に波はあったが、自力で起き上がれないことが多くなっていった。


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介護用の低反発マットは、自力で起き上がりずらくなってきたマロンの為だけど
(10月1日12:50)
ゴン太がいなくなってから、誰が側に来ようともうマロンは怒らなかった。





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珍しくおやつの食い付きがいまいちだった(10月2日15:11)








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調子が良い時は座って食べられる。
(10月5日16:37)










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久々のカメラ目線(10月8日16:40)
元気な頃のマロンは、カメラ(携帯)を向けると逃げていたから 












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気分転換に裏の出入り口の方で・・・
(10月12日10:50)
要求があれば「ン~」と泣いて呼んでいた。





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初めて「ン~」と何度と夜泣きしたので、日中は爆睡だった(10月16日12:32)







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このクッションまで自分で移動していた(10月16日15:39)







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呼吸がおかしくなって抱き上げたところ、すぐに落ち着いたマロン(10月18日7:57)








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マロンは顔を擦り付けたり、
この時よく立っている方だった(10月18日9:10)








(10月6日のゴン太のページにリンクしたアルバムにマロンの他の写真が残っています)




 


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